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ドゥテルテ vs イスラム国

戒厳令への支持率は?

 

発足1年を、ドゥテルテ政権はミンダナオ島への戒厳令布告の中で迎えた。

戒厳令とは、令状なしに人々を逮捕、拘束できるなど、刑事訴訟法の手続きや、憲法における人権の保証を停止する措置を意味する。

フィリピンではかつて、故フェルディナンド・マルコス大統領が1972年から81年まで、共産ゲリラ新人民軍(NPA)の台頭などを理由に、フィリピン全土に戒厳令を敷いた。

この間、マルコス大統領は共産勢力に限らず、政権を批判するジャーナリスト、野党議員、人権活動家、労働運動指導者などを次々と逮捕。アメリカ亡命から帰国し、空港で殺されたベニグノ・アキノ上院議員など、暗殺された政敵も多数いた。

そんな過去もあってか、左派系青年団体「アナックバヤン」などの団体は、7月22日に「人権侵害を許すな」として戒厳令に反対し、下院議事堂内に侵入。「戒厳令の即時停止」と書いた横断幕を掲げた。

だが戒厳令は同日、2017年末まで延長されることになった。上下両院279人の議員中261人が賛成、反対したのはドリロン上院議員など16人だけだった。

フィリピンの民間調査機関ソーシャル・ウェザー・ステーション(SWS)の7月の世論調査でも、ミンダナオ島に限った戒厳令については国民の57%が支持をしている。

実際「ことの重大さを考えるとやむを得ない」(フィリピンの著名作家シオニール・ホセ氏)など、戒厳令を容認する声は意外に多い。

今回のISとその支持派によるマラウィ占拠は、自動小銃や対戦車擲弾(RPG)などで武装した400~500人の男たちが、突然、銃を乱射して、市庁舎などを制圧した事件だ。男たちの中にはインドネシアやアラブ諸国から集結した戦闘員も多数おり、「国土が外国軍に占領されたような状況」(ホセ氏)ゆえに、やむを得ないと考える人のほうが現段階では多数派を占める。

ただし、世論調査でも、戒厳令をフィリピン全土に拡大することには60%が反対している。現状はミンダナオ島が戒厳令下に置かれてはいるが、かつてのマルコス政権下で起きたようなメディアに対する政権批判弾圧、人権活動家に対する不当拘束などは起きておらず、民主主義の原則は今のところ守られている。

 

「死刑団」の正体

 

7月のSWSによる支持率調査でも、ドゥテルテ大統領に「満足している」と答えた人は78%、不満足は12%と、8割近い支持率を維持しており、政権発足当初からの高支持率はほとんど変わっていない。

ドゥテルテ大統領といえば、就任以来、反米姿勢を鮮明にし、「オバマは地獄に堕ちろ」など歯に衣着せぬ発言で知られてきた。麻薬取り締まりでは「抵抗する者は殺せ」と公言、国際的な人権団体からはいまも批判を浴び続けている。

これに対し大統領は「外国人は口出しするな。奴らはフィリピンの現実をなにも知らない」と、記者会見で何度も罵っている。

その「現実」とは、人口約1億人のうち約300万人といわれている麻薬常習者の存在だ。大統領は彼らに対する徹底取り締まりを「麻薬戦争」と呼ぶ。この麻薬戦争では、すでに数千人の常習者が殺害されたとみられている。

ただ、麻薬絡みの殺害に関しては、警察など治安当局が組織的に容疑者を殺害したケースだけでなく、麻薬組織によって殺されるケースも多いとされる。

「ドゥテルテ大統領がダバオ市長時代の2009年にも、国際人権団体がダバオに来て調査をし、『ダバオ死刑団』(DDS)が3000〜4000人の麻薬常習者を超法規的に処刑していると発表して非難した。しかし、DDSとはドゥテルテとは無縁の、架空の組織だった」

ミンダナオ島ダバオの地元紙コラムニストであるセラフィン・レデスマ氏はそう証言する。

「麻薬取り締まりがきつくなると、麻薬シンジケートは末端の売人を口封じのためにどんどん殺す。そのうえで、遺体の首に次のようなメッセージをかける。『この男は薬物シンジケートの一味です。この男のようにならないように。DDS』

こういう遺体を路上にさらし、取り締まり側が残虐な処刑を重ねているように見せかけ、世論操作をする」 警察による殺害の中にも、麻薬密売人と癒着してきた警察官が、同様に口封じのため、密売人を個人的理由で殺害するケースも少なくないという。

 

首都住民は治安改善を実感

 

覚せい剤常用者による凶悪犯罪は、庶民にとって身近な治安上の脅威であり続けてきた。

今年6月27日には、ルソン島ブラカン州で、覚せい剤常用者の複数の男が民家に乱入し、1歳、5歳、11歳の幼児3人とその母、祖母の一家5人を惨殺するという悲惨な事件も起きている。逮捕された26 歳の主犯の男は、5人のうち母と祖母をレイプしたうえで殺したことを自供している。覚せい剤による凶悪事件が頻発するフィリピンでも、この事件の衝撃は大きく、連日のように地元テレビが報じるトップニュースとなった。

まだ麻薬根絶にはほど遠いとはいえ、ドゥテルテ政権発足後、数十万人規模の常習者が取り締まりに恐れをなし、自ら警察に出頭、厚生施設に入るなどした。

フィリピンでは150ペソ(約330円)ほどで覚せい剤のパケひと包みが買えると言われてきたが「取り締まりがきつくなってその値段が3倍近くになり、貧困層は買えなくなった」との証言も聞いた。

首都マニラでは「ディゴン(ドゥテルテの愛称)になって治安がかなり良くなった」と庶民は口をそろえる。

SWSの2月発表の全国調査によると、「過去半年間に犯罪被害にあった家族はいるか」との問いに「イエス」と答えた人は4.8%と過去最低を記録した。日本に比べるとまだまだ相当高い数字と思えるが、昨年6月、この数字は11.4%だった。

ISによるマラウィ占拠は、長らく「東南アジア最悪」と呼ばれてきたフィリピンの治安に、改善の光が差しはじめたタイミングで起きた。現段階では一地方の事件にとどまっているが、観光や投資先としてのフィリピンのイメージには打撃を与えている。

マラウィを制圧、ISを駆逐できるかどうかが、政権の喫緊の課題になっている。

 

停滞する和平

 

ドゥテルテ大統領は就任直後の昨年8月、軍事部門「新人民軍」(NPA)を持つフィリピン共産党(CPP)、ミンダナオ島のイスラム武装勢力であるモロ民族戦線(MNLF)、モロ・イスラム戦線(MILF)など、長年、内戦を続けてきた国内武装勢力との無期限停戦を実現させた。

武装勢力との和平実現への期待がかかったが、共産党、イスラム武装勢力のいずれとも、和平交渉は頓挫したままだ。

共産党との和平交渉は、今年2月、政府が政治犯を釈放しないことを理由に共産党側が一方的に停戦を破棄、ドゥテルテ大統領もこれに応じて停戦破棄を命じた。

その後も欧州諸国の仲介で、和平交渉を続けようとしているが、6月1日からオランダで始まる予定だった第5回和平交渉は中止された。

オランダ亡命中の共産党最高指導者ホセ・マリアシソ氏は「大統領は、戒厳令と、国というおもちゃを使って火遊びをしている」とミンダナオ島への戒厳令布告を批判し、新人民軍に対し、全土で攻勢を強めるよう指令を出している。

政府側は和平実現を引き続き望んでいるが、かつてのマルコス政権の戒厳令によって、徹底弾圧、人権侵害を受けた共産党とその支持者にとっては、ミンダナオ島に限ったものでも戒厳令布告は許しがたい問題とみているようだ。

ミンダナオ島には今回のマラウィを占拠したイスラム過激派だけでなく、新人民軍もなお少数ながら展開しており、共産党も超法規的弾圧の対象になりうるからだろう。

ミンダナオ島では、島内にイスラム教徒の自治政府を樹立するバンサモロ(イスラムの国)基本法案が議会で審議される予定になっている。イスラム武装勢力との最終和平は、これを待って行なわれる。ISとその支持者「マウテ・グループ」によるマラウィ占拠も、イスラム教徒が長年要求してきた自治政府の樹立が遅れたことが一要因ともいわれる。

しかし、まずはマラウィからISを駆逐しない限り、法案の審議も当面は停滞すると予想される。

 

対中外交では画期的成果

 

ドゥテルテ大統領は昨年10月、北京を訪問し、中国の習近平国家主席と会談し、南シナ海の領有権問題の棚上げで合意した。アキノ前政権の親米反中路線から、親中反米路線への転換だった。

合意をめぐって、日本政府内には「中国を信用してはならない」など依然として批判する声もある。

習近平からみれば、フィリピン外交の大転換は、起死回生ともいえる外交成果だった。なぜなら国連海洋法条約に基づく仲裁裁判所の昨年7月の判断で、中国の南シナ海における領有権主張が全面敗北した直後だったからだ。

中国にとっては、その親米路線ゆえに対立が続いてフィリピンとの、劇的な関係改善だった。それもフィリピン側からアプローチしてきた「棚ボタ」的外交成果だった。

フィリピン側にとっても、この結果、中国から巨額の経済援助を引き出しただけでなく、中国が実効支配を進めつつあったルソン島西部のスカボロー礁を「取り戻す」という成果を得ている。

今後の中比関係の推移によってはなお予断を許さないとはいえ、ルソン島のフィリピン漁民は、スカボロー礁近海で漁が再開できるようになっている。

南シナ海の領有権問題は6か国・地域の主張が複雑に絡み、そもそも国連海洋法条約のような国際法による解決には相当な困難があった。ドゥテルテ外交は国連海洋法条約に基づく裁判所の判断を「最高値で売った」ともいわれる。だが当事国間の平和的協議で解決を目指したドゥテルテ外交は「結局これしかない」道だった。

そもそも、日本は南シナ海問題の当事国ではない。さらにいえば、昨年7月の国連海洋法条約に基づく裁判所の判断は、日本が領有する沖ノ鳥島のような場所を「島ではない」とし、排他的経済水域の設定を認めない内容で、日本にとってもまずい内容があった。

それでも南シナ海問題を国際法に基づいて解決することを支持してきた日本は「法の支配」にこだわった。南シナ海の危機を前提に武器禁輸三原則まで変えて、昨年、フィリピンに巡視船を提供した日本にとっては「はしごを外された」という焦りもあった。

中国訪問直後の昨年10月26日、日本を訪問したドゥテルテ大統領は、安倍晋三首相との会談で南シナ海における「法の支配」尊重に合意したが、親日家である大統領の「日本のメンツ」への配慮と見るべきだろう。

大統領は記者会見で南シナ海の南沙諸島における中国の軍事化拡大などについて聞かれても「すべて政治だ」と言うだけで、ほとんどコメントもしない。

南シナ海危機は、アメリカによって煽られたものという認識があるようにもみられる。

ただ、オバマ前大統領に対する激しい批判を口にしたアメリカとも、相互防衛条約を通じた同盟関係は維持している。

「米軍がいる限り平和は来ない」などの大統領発言から、見送りもありうるとみられていた今年の米比合同「バリカタン2017」も前年より規模は半減しらが、5月8日から19日まで自衛隊、オーストラリア軍も参加して実施された。

ただ、ISによるマラウィ占拠が、この演習終了の直後の23 日だった。

マラウィ制圧には米軍も支援に加わっているとされるが、マラウィ占拠は「米軍がいる限り平和は来ない」という大統領発言と符号するような皮肉なタイミングで起きている。

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