15th.Aug.2023
中国はEEZ持たない「岩」と主張
南シナ海判決が波紋を呼ぶ沖の鳥島問題
日中がいいとこどりで対立`- 最終解決は当時国に委ねるしかないか
中国の人民政治協商会議委員で、外務省の顧問でもある周力氏は7月上旬、南シナ海における領有権問題について、紛争当事国でない「第三国が干渉しようとしている」と改めて米国の関与に懸念を示した。7月11日付マニラタイムス紙が報じた。その上で南シナ海問題の唯一の解決策は紛争当時国・地域による話し合いによる平和解決のみであることを強調した。米軍が南シナ海における航行の自由作戦や航空機による上空からの監視を続けていることへの批判とみられる。最近は南シナ海判決について再検討も進んでおり、日本にとっても沖の鳥島の排他的経済水域(EEZ)に影響を及ぼしかねないとの指摘もされている。
日本の大手メディアにおける報道は、米国寄りの論調が多く、中国の南シナ海における領土的野心を警戒する指摘が多いが、現在の東南アジアと中国の関係を考えると、南シナ海問題の唯一の解決の策は当事国間での話し合いによる平和解決のみと思われる。それは領有権を主張している中国・台湾、フィリピン、マレーシア、ベトナム、ブルネイの6か国地域間での和平合意であり、具体的には2002年に中国と東南アジア諸国連合(ASEAN)で合意された南シナ海行動宣言に基づく行動規範(CoC)の策定にかかっている。CoCは2021年にも合意が期待されていたが、新型コロナの流行で交渉がとん挫していた。
東南アジアの政治的リアリズム
日本は米国、オーストラリア、インドと「日米豪印戦略対話」(クワッド)という対中包囲を目的として同盟関係を結んでいる。しかし、中国人を好きか嫌いかに関わらず、現在のASEAN諸国においては、いまや地域の経済、軍事の両面において超大国となった中国と一定の有効関係を維持することは政治的リアリズムとして必須にもなっている。それがゆえに、クワッドに加盟しているASEAN諸国は皆無のままだ。
2016年7月に国連海洋法条約に基づく裁判所(UNCLOS)は、ノイノイ・アキノ政権下におけるフィリピンの提訴に基づき、いわゆる南シナ海判決を出した。中国はこの裁判には加わっていなかったが、判決は九段線と呼ばれる南シナ海全域にわたる中国の領有権主張を退けた内容で、中国の外交的敗北とみなされた。しかし、当時のドゥテルテ大統領は「こんな紙切れ一枚では南シナ海の問題は解決しない」と言い切り、さらに2016年10月18日から21日までの四日間、北京を訪問、習近平国家主席と会談し、それまでの親米一辺倒の外交から親中寄りの外交への舵を切った。
南シナ海判決で国際的な印象に傷がついた中国にとっては「たなぼた」の外交成果だった。これはひとえにドゥテルテ前大統領の信念に基づく外交転換であり、中国が必死になってフィリピンを取り込もうとした成果ではなかった。当時の在フィリピン中国大使館が中比関係の劇的な改善を「大歓迎したい」と大喜びしていた。
結果的にフィリピンとの関係改善は2012年に国家主席に就任して以来、習近平氏にとって最大の外交成果となった。中比関係改善後の17年10月の第19回全国代表大会と第19期1中全会では、政治局常務委員は選ばれず、習近平氏により権力が集中した2期目の国家主席に就任する。中比関係の改善は、習近平独裁体制をより強固にすることにも貢献した。
問題は南シナ海判決だ。
判決が出た当初、日本政府は手放しで評価し、当時の安倍晋三政権の外相だった岸田文雄氏(現首相)は談話を発表し「裁判所の判断は最終的なものであり法的に拘束力を持つ。当事国は今回の判断に従う必要がある」と述べた。
沖の鳥島も「岩」か
しかし、南シナ海判決には、日本にとって問題が大きい内容も含まれていた。というのも、判決には、満潮の時には海面下に沈む低潮高地だけでなく、台湾が実効支配する南沙諸島最大の島である太平島、フィリピンが実効支配するパグアサ島などの高潮高地も国連海洋法条約121条3項で定める「人間の居住又は独自の経済的生活を維持すること」ができる海洋地域ではないとし、「岩」の扱いとした。これによって南沙諸島海域には排他的経済水域(EEZ)を形成する島ななく、領海12カイリのみが認められないことになった。
この判決の影響は日本にも及んだ。判決は日本が太平洋においてEEZの起点としている東京都小笠原村に属する沖ノ鳥島にも実質的に及びかねないゆえだ。
沖ノ鳥島の一部は周囲をコンクリートブロックで固め、かろうじて島の体裁を保っているが、「独立した経済生活を送れない島」であることは明らかだ。これに対し、南沙諸島でフィリピンが実効支配するパグアサ島には政策移民を含めた住民約150人が暮らしており、政府の食料支援で生活をしてはいるが、「せめて月に2度ほどの定期船が通えば、島は漁業で生計を立てられる」と島の住民は話していた。
中国は沖の鳥島の問題を見逃さなかった。
2020年7月から、中国は「沖の鳥島は島ではなく岩だ」と主張して海洋調査船や中国海警局の船を島付近に向かわせるようになった。あわよくば実効支配も狙った動きだった。これに対し、日本政府は沖ノ鳥島は半径200カイリのEEZの起点になりうる島だと反論した。中国は南シナ海判決を受け入れないとしながら、判決を沖の鳥島に当てはめ、日本は南シナ海判決を高く評価しつつ沖の鳥島は例外としている。両国とも南シナ海判決への評価と実際の対応との間に矛盾が生じている状況だ。
南鳥島も「岩」扱いの恐れ
沖の鳥島のような場所は世界の海に多々あり、南シナ海判決は新たな紛争の種にもなりうる内容でもあった。日本には沖ノ鳥島以外にも、日本最東端の島である南鳥島(マーカス島)がある。南鳥島は面積1・51平方キロのまっ平な島で、自衛隊と気象庁職員、さらには鹿島建設を中心として建設会社の工事要員が訪れるくらいで、経済的に自立している島ではない。判決に従うと南鳥島のEEZも否定されることになる。
南シナ海の領有権問題は、関係6カ国地域の利害が複雑に入り組み、ドゥテルテ前大統領が言ったように、「紙切れ一枚で解決できない」問題だと言えるだろう。
当事国間での平和的話し合いを中立的に促進する方向で日本は支援をすべきではないか。
南沙諸島は日本の敗戦後、サンフランシスコ講和条約で日本の領有放棄が明記されるまで、日本が実効支配をしていた島々だ。日本にはその役割を担う歴史的経緯もあるとは言える。
人工島の軍事有用性は薄い
中国がスービ礁、ミスチーフ礁などの低潮高地で建設を続けてきた人工島はほぼ工事を終えたとされる。ただ、この工事はルソン島西方沖のスカボロー礁の領有権をめぐってフィリピンと中国が艦船を動員してにらみ合いを続けるなどした2012年から本格化しており、現在の中比関係を考えると、軍事的な価値は低減している。
台湾有事の時にはこれらの人工島も有効活用されるという声もあるが、軍事専門家の間では「そういった認識軍事的常識とは乖離している。こういった海洋上の拠点はもろく、一発の空対地誘導ミサイルで壊滅する」(柳沢協二・元防衛庁長官官房長)からだ。動けない駆逐艦のような存在で、中国にとっては、やがて維持コストの負担だけがのしかかる恐れもある。