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17th.Mar.2022

REAL ASIA特別レポート

政経社会特別レポート・フィリピン大統領選

マルコスーサラ圧勝の勢い変わらず
各陣営めぐるメディア・庶民の評判は?

5月実施のフィリピン大統領選はボンボン・マルコス元上院議員とドゥテルテ大統領の長女でダバオ市長のサラ氏の「BBMサラ」ペアが圧勝の勢いを示している。大手調査機関パルスアジアの正副大統領選候補者の支持率に関する1月の調査結果によると、マルコス氏は昨年12月調査より7ポイント増の60%の支持を獲得、ロブレド現副大統領は前回比4ポイント減の16%。元ボクサーで国民的英雄のパッキャオ上院議員とマニラ市のイスコ・モレノ市長はともに8%。元国家警察長官のパンフィロ・ラクソン上院議員は4%だった。パルスアジアと並ぶ調査機関SWSの1月調査の結果も順位、支持率ともほぼ同様だ。

パルスアジアの副大統領候補支持率調査では、サラ氏が50%でトップ。次いで、ラクソン氏とペアを組むソット上院議長が29%、ロブレド氏とペアを組むパギリナン上院議員11%、モレノ氏と組む医師でユーチューバーのオン氏5%、パッキャオ氏と組む元マニラ市長アティエンザ下院議員1%の順だ。

各陣営に対する現段階のフィリピンメディア、日系メディア、さらには庶民の評判は以下の通りだ。

【BBMサラ】ボンボン氏は演説上達、サラ氏はダイエット成功か

ボンボン氏は、北イロコス州知事、上院議員などを務めては来たが、政治家として特筆すべき実績はない。上院議員時代にインタビューをした日系メディアの記者も「父親の不正蓄財などについて聞いても暖簾の腕押し。政治家としても線が細い印象だった」と話す。

ただ、物腰の柔らかさから、フィリピンのメディアの評判は悪くはない。1991年12月にコラソン・アキノ大統領に許され、イメルダ夫人とともにハワイから帰国した際、マニラ空港に降り立った一家を筆者は空港で取材している。主役はイメルダ夫人だったが、夫人の取材が終わった後、ボンボン氏にもフィリピンメディアとともに囲み取材をした。ボンボン氏の言葉は「帰国できてうれしい」といった月並みの内容だったが、囲み取材後、フィリピン人の女性記者たちが一斉に嬌声を挙げた。「ボンボンって、ポギ(イケメン)だねえ」。若いころの顔立ちはフィリピン女性好みだったようだ。

ボンボン氏は政治信念がなく、演説も下手だと言われてきた。実際、昨年11月に首都圏で行った選挙キャンペーン前集会を取材した日系メディア記者は「演説の区切りと聴衆の拍手との間合いが取れていない様子だった」と話す。拍手が続いている間に次の言葉を発してしまうため、拍手と言葉が重なり、会場の盛り上がりも途切れてしまっていたという。

しかし、筆者が取材した2月8日のブラカン州フィリピン・アリーナで行った選挙キャンペーン初日の演説では、拍手が鳴りやまぬまで次の言葉を発しないなど、かなり演説慣れしてきた様子だった。演説は「フィリピンで最も北に位置する北イロコス州出身の私と最も南に位置するダバオ出身のサラとのペアこそが、苦しかったコロナ禍を乗り越え、国を復活させるため国民が団結していることを示せる」と訴え、サラ氏については「最も有能で賢い政治家」と持ち上げた。

集会中も並んで座っていた2人は互いに耳打ちするなど息はぴったりの様子だった。

サラ氏は最近になってダイエットに成功したようで、少しスリムになった。以前はショートカットだった髪も肩まで垂らし、「女ぶり」が上がった印象があった。

サービス精神は旺盛で、8日の集会でも最後まで檀上に残り、一部駆け上がってきた支持者とのツーショットにも1時間以上応じていた。支持者の携帯を自分で手に取り、シャッターを自分が押してあげてさえしていた。

ちなみにフィリピン・アリーナは新興宗教団体イグレシア・ニ・クリストが所有する集会場で、ここで皮切りの集会を開いたということは信徒300万人の組織票を持つ同団体の支持をBBMサラはほぼ得ているとみられる。

ボンボン氏は64歳、サラ氏は43歳。長幼の序を重んじるフィリピン社会では、ボンボン氏が大統領、サラ氏が副大統領というペアは「しっくり来る」との声が庶民の間にも多い。ボンボン政権がまずますの評価を得れば、サラ氏は「次の次」の大統領候補の筆頭となるとみられる。その時サラ氏は49歳。大統領候補には格好の年齢になる。

2月27日にCNNフィリピンが主催した大統領候補討論会にマルコス氏は出席しなかった。その前日に行われた副大統領候補討論会にもサラ氏は出席しなかった。陣営の広報担当者は「われわれは討論会よりも国民と会うことを優先しているとし、サラ氏も「討論会に出ることは今後もないだろう」と述べている。これに対してはフィリピンのメディア、庶民の間でも「なぜ出ないんだ」という声もある。

これは2人とも世論調査での支持率が群を抜いてトップであるゆえ、討論会で論客にやり込められ、大きな失点をさらすことを避けたためとみられる。

マルコス氏は論客を相手にした討論が得意とはとても思えない。公約は今のところ「ドゥテルテ政権路線の継承」だけであり、際立った新政策などは打ち出していない。ロブレド副大統領をはじめ、労働運動指導者のレオディ・デグズマン氏ら大統領候補の論客は支持率トップのマルコス氏を集中攻撃してくる恐れもあった。

サラ氏はマルコス氏よりはずっと弁が立つとみられるが、副大統領候補の中には著名な環境・社会運動家のウォルデン・ベリョ氏がいる。邦訳も出ている「フィリピンの挫折」などの著書もある知識人だ。筆者も会ったことがあるが、論客中の論客で、さすがのサラ氏にも強敵だったはずだ。

2月8日の選挙キャンペーン初日、支持者に向かって握った手を高く上げるボンボン氏とサラ氏
2月8日の選挙キャンペーン初日、支持者に向かって握った手を高く上げるボンボン氏とサラ氏

【レニ・ロブレド】地道、生真面目な選挙運動

レニ・ロブレド副大統領が2月に開いた選挙集会を取材した日系メディアの記者は「BBMサラの集会に比べると、盛り上がりに欠けていた」と話す。フィリピンの選挙集会は「歌って踊る選挙戦」とかねてから言われてきたように、候補者の演説の前に歌や踊りで盛り上げるのが普通で、BBMサラの集会でも歌や民族舞踊などが披露されていたが、ロブレド氏の集会では一切なかったという。

BBMサラの集会では会場はほぼ満席だったが、ロブレド氏の集会では律儀に支持者をソーシャルディスタンスを取って座らせていたため「会場は閑散としているという印象が否めなかった」という。

記者は集会が終わるのを待って、候補者が帰る前に出口で待ち、一言でもと候補者にコメント取材する。いわゆる「ぶらさがり取材」と言われるものだ。マルコス、サラ両氏は、そのぶらさがり取材に手短ながらも応じるが、日系メディア記者によると、その日にぶらさがり取材を試みたのはその日系メディア記者だけだったことから、ロブレド氏は「個別取材には応じないことにしている」と断ったそうだ。その記者は「官僚的な対応に驚いた」と話す。

ただ、選挙期間開始前からのユーチューブ広告、街頭ポスター張りなどはロブレド陣営が最も熱心だ。日本風の地道な選挙を行っている印象がある。最近セブを訪れた日本人は「セブ島の観光地で見かけた大統領選のポスターはロブレド候補のものばかりで、いたるところに張ってあった」と話す。

しかし、首都圏のタクシー運転手マリド・レイエスさん(64)のロブレド評は「ロブレドはいい人だ。しかし、大統領としてはいい人すぎる」だった。

【イスコ・モレノ】首都圏では支持者多いが、ギャンブル中毒の噂も

首都圏北部のスラム地区トンド出身で、テレビタレントからマニラ副市長をへて市長になったイスコ・モレノ氏の市長としての評判は悪くない。新型コロナ禍では食料配布や現金支給を熱心にやった。食料配布の際は自らトラックなどに同乗して市内を回っていた。外出禁止令が出ていた時は、禁止時間が近づくとともに自ら警察車両に乗り、まだ出歩いている市民に「早く帰りましょう」などと声をかけ、その様子を市のHPで中継していた。

選挙キャンパーン初日は出身地トンド地区を回って支持を呼び掛けた。そのトンド地区で10人に投票先を聞くと、6人が「モレノ氏に投票する」と答えたが、残り4人は全員ボンボン支持だった。最大の地盤でも支持は拮抗していた。

モレノ氏をめぐっては「ギャンブル中毒で多額の借金を抱えている」との噂がかなり前から広がっている。実際にモレノ氏は、副市長時代に公共の場所で違法ビンゴを開設したとして関係者5人とともに逮捕された過去(裁判では証拠不十分で無罪)がある。

パッキャオ陣営の政策アドバイサーの女性に昨年、筆者が「モレノ氏とパッキャオ氏が手を組むことはないのか」と聞いた際、彼女はすぐに首を振ってこう言った。

「彼はギャンブル中毒で有名なのであり得ない。よくオカダ・マニラに出入りしており、VIPルームで賭けている。監視カメラの映像も残っている。

これはパッキャオ陣営が意図的に流しているネガティブ情報でもないようだ。

前述のタクシー運転手マリド・レイエス氏もモレノ氏について聞くと「彼はギャンブル中毒だからだめだ。闘鶏好きだし、カジノにもしょちゅう出入りしてバカラをやっているという噂が昔からずっとある。バカラで負けた多額の借金をツケにしているとも聞いている」と即答した。マカティ市のカラオケパブ嬢さえ、この噂を知っていて、驚かされたこともある。

【マニー・パッキャオ】英雄だし不正はしないだろうが「大統領にはちょっと」

パッキャオ陣営は、昨年9月ごろまで政策のかなりの部分で一致するロブレド陣営との連携を模索していた。、ロブレド大統領、パッキャオ副大統領のペアであれば、BBMサラの対抗馬として有力だったかもしれない。

パッキャオ氏はボクサー時代に巨額の賞金を獲得しており、選挙資金は十分ある。慈善事業やスポーツ振興にも熱心だ。大統領になっても不正蓄財をするようなことはまずないはずだ。しかし、庶民、知識人、ジャーナリストともに「パッキャオはボクサーとして英雄だが、大統領はさすがにちょっと」「パッキャオを大統領に選ぶとフィリピンが馬鹿にされそう」などとの声が強い。

REAL ASIA 投票先調査(首都圏)

厳密な統計手法に基づいたものではないが、REAL ASIAが2~3月に首都圏(マニラ市トンド地区、マラテ地区、パサイ市、マカティ市)で庶民25人に聞いた正副大統領選の投票先は以下の通りだった。

大統領
  • ボンボン   13
  • モレノ    8
  • ロブレド   1
  • ラクソン   1
  • 決めていない 2
副大統領
  • サラ    14
  • オン     3
  • パギリナン  1
  • ソット    1
  • 決めていない 6

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